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札幌高等裁判所 昭和61年(ネ)14号 判決

控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)

山崎ケイ子

右訴訟代理人弁護士

本田勇

被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)

浅倉誠

右訴訟代理人弁護士

山田清

主文

一  本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は被控訴人の各負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決中、控訴人の敗訴部分(本訴)を取り消す。

(二)  被控訴人は、控訴人に対し、金一七七万三九三六円及びこれに対する昭和五九年一月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四)  仮執行宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

3  附帯控訴の趣旨

(一)  原判決中、被控訴人の敗訴部分(反訴)を取り消す。

(二)  控訴人は、被控訴人に対し、金六〇万二八五〇円及びこれに対する昭和五九年一月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

4  附帯控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件附帯控訴を棄却する。

(二)  附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決事実摘示及び本件訴訟記録中の当審における証人等目録の記録と同一であるから、これを引用する。

1  原判決二枚目裏七行目の「被告は」の前に「(一)」を加え、同一一行目の次に改行して以下のとおり加える。

「(二) 仮に被控訴人に過失が認められないとしても、ゲレンデスキーのように、予め他人との衝突により負傷することがあるかもしれないと予想して滑走している場合には、他人と衝突して損失を与えたときは、(1)予め損失分担の意思があることから、(2)あるいは、自らの行為によつて他人に損失を与えた点を考慮して、結果責任を認めて、損失の合理的な分担をさせるべきである。」

2  同四枚目裏三行目末尾の次に「また、スポーツ中に生じる事故について結果責任を負うことは、スポーツが身体を動かすことを本質とし、何らかの危険を伴うものであることからすれば、スポーツそのものを否定することを意味する。」を加える。

3  同四枚目裏四行目から九行目までの全文を削り、同一〇行目の次に、改行して以下のとおり加える。

「三 抗弁

本件のようなスポーツに参加する者は、加害者の行為が、そのスポーツのルールないし作法に照らして、社会的に許容される程度の行動である限り(故意又は重大な過失による行為は含まれない。)、そのスポーツ中に生じる通常予測しうるような危険を受忍することに同意しているものと解される。けだし、法によつて禁止されているスポーツは別として、一般に、スポーツは、国民が健康で文化的な生活を営む上で有意義なものであるので、法はこのようなスポーツを是認し、これに伴つて生じる事故が通常予測しうるような程度のものであるときは、その原因を追及して不法行為責任を問うことはしないものというべきであるからである。ところで、本件のようなアルペンスキーは、降雪状態の斜面の傾斜による落下を利用して、その滑走を楽しむものであり、当然に速度が伴い、速度の加速それ自体の快感を得ることを楽しみとするものである。更に、本件スキー場は、市街地に近く、かつ、多数の人が集中するいわゆるゲンレデであつて、衝突の危険は通常予測されるところである。そして、スキー場側で一般的に滑走方向を指示しているのであるから、右指示された方向に滑走している限り、直滑降により特にスピードを出すなど無謀滑走の事実がなければ、その行為の違法性は阻却されるべきである。被控訴人は、スピードを抑制するべく蛇行しながら、ゲレンデの中央部を滑り降りてきたところ、不意に第三者である女性が進路の反対方向から滑走してきて接触し、そのためバランスを崩して控訴人と衝突したものであり、このような事態は、ゲレンデ内では通常起こりうることであるから、違法性は阻却される。

四  抗弁に対する認否

抗弁は争う。スポーツ中に生ずることが予測される危険を受忍することに同意している危険の程度は、スポーツの種類によつて異なるが、ゲレンデスキーのような娯楽を兼ねたスキーでは、せいぜい衝突したことによる治療日数二、三日ないし一週間程度の打撲傷、かすり傷、捻挫、その他の傷害であつて、死亡、入院を伴う骨折、失明、手足の切断のような重症は含まないと解すべきであり、被控訴人の違法性阻却に関する主張は、本件事故については妥当しない。また、被控訴人は、スキーの経験が著しく乏しいにもかかわらず、無謀な滑走をした結果、加速度がつき、その速度に対応するスキー技術が及ばなかつたもので、このことが本件事故の原因である。」

4 同四枚目裏一一行目の「二」を「五」と、同五枚目裏一三行目の「四」を「六」と、同一四行目の「1事実」を「1の事実」とそれぞれ改める。

理由

一当裁判所は、控訴人の本訴請求及び被控訴人の反訴請求は、いずれも失当と判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決六枚目裏一二行目の「原告本人尋問の結果」を「控訴本人尋問の結果(原・当審)」と、同一三行目の「同尋問の結果」を「同尋問の結果(原審)」と、同末行の「被告本人尋問の結果」を「被控訴人本人尋問の結果(原・当審)」と、同行目の「同尋問の結果」を「同尋問の結果(原審)」とそれぞれ改める。

2  同七枚目表八行目の次に、改行して以下のとおり加える。

「1 被控訴人は東京都の出身であるが、昭和四七年ころから苫小牧市に居住し、本件事故当時はスキーを始めて三シーズン目であり、一シーズンに一〇回から一五回スキーをし、そのうち一〇回ぐらいはスキー学校で教習を受け、一シーズン目に三級のバッジテストに合格していた。

控訴人は、小樽市の出身であり、小学校から旧制高等女学校を卒業するまで、冬期間の体育の時間にスキーの授業を受け、その後二四歳ぐらいまでスキーをしたが、結婚して大阪、東京等に居住し、育児のためもあつてスキーを中断し、昭和四四年ころ(四一歳ぐらい)から再びスキーを始め、本件事故当時前は一シーズンに一〇回から二五回ぐらいスキーをしていた。」

3  同七枚目表九行目の「1」を「2」と、同裏六行目の「2」を「3」とそれぞれ改め、同八行目の「通過して」の次に「大きな弧のパラレルターンで、速度はゆつくりと」を加え、同八枚目表七行目の「原告本人」を「控訴人本人(原・当審)」と改め、同一〇行目の「趣旨をも述べていること、」を「旨及び」と改め、その次に「被控訴人と衝突する直前に、控訴人の視野に被控訴人が入つてこなかつた旨それぞれ述べていること、」を加える。

4  同九枚目表一三行目及び一四行目の全文を「とは断じ難い。」と改め、同末行の次に、改行して以下のとおり加える。

「三 控訴人は、ゲレンデスキーの場合、スキーをしている者には、予め損失分担の意思があると主張するが、これを認めるべき証拠はないし、かつ、条理上右のような損失分担の意思が認められるともいい難い。

また、控訴人は、ゲレンデスキーの場合には結果責任を認めるべきであると主張するが、ゲレンデスキーの場合に無過失責任を認める立法はされていないし、民法の解釈上、右の場合に限つて、過失責任の原則によらず、無過失責任主義をとるべき理由を見出すことは困難である。

四  なお、被控訴人の抗弁について考えるに、スポーツやレクリエーション中の事故については、そのスポーツやレクリエーションのルールないしマナーに照らし、社会的に容認される範囲内における行動により、他人に傷害を負わせた場合は、いわゆる正当行為ないし正当業務として違法性が阻却されると解すべきである。これを本件についてみるに、前記認定のとおり、被控訴人は、本件事故現場付近を、大きな弧のパラレルターンでゆつくりと滑走し、斜面の右方向に向け斜めに滑走する状態から左に回転したところ、被控訴人の進行方向左側から被控訴人側へ向かつて斜めに滑走してきた女性と左肩同士がぶつかり、そのため、被控訴人の体が谷側へ傾き、スキー操作の自由を失つて進行し、控訴人の後方から、被控訴人の左足が控訴人の両足の間に入る形で衝突したものであつて、被控訴人が暴走していたとか、危険な滑走方法をとつていたとの事情は認められないから、被控訴人は、レクリエーションとしてのスキーのマナーに照らし、社会的に容認される範囲内における行動により、控訴人に傷害を負わせた場合にあたり、違法性が阻却されるというべきである。

五  以上のいずれの点からしても、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。」

二よつて、控訴人の本訴請求及び被控訴人の反訴請求はいずれも失当であり、各請求を棄却した原判決は相当であるから、控訴人の本件控訴及び被控訴人の附帯控訴はいずれも理由がないのでこれらを棄却することとし、控訴費用及び附帯控訴費用の負担につき民事訴訟法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丹野益男 裁判官松原直幹 裁判官岩井 俊)

《参考・原判決》

〔主   文〕

原告(反訴被告)の本訴請求及び被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、本訴について生じた部分は原告(反訴被告)の負担とし、反訴について生じた部分は被告(反訴原告)の負担とする。

〔事   実〕

第一 当事者の求めた裁判

一 本訴請求の趣旨

1 被告(反訴原告、以下「被告」という。)は原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、一七七万三九三六円及びこれに対する昭和五九年一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二 本訴請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

三 反訴請求の趣旨

1 原告は被告に対し、六〇万二八五〇円及びこれに対する昭和五九年一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

四 反訴請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二 当事者の主張

一 本訴請求原因

1 事故の発生

原告は、昭和五九年一月四日午後〇時二〇分ころ、札幌市南区常盤三八三番地六真駒内スキー場第一ロマンスリフト終点からやや下方付近のゲレンデ内において、スキーにより別紙図面(一)表示のとおり斜め下方に弧を描いて滑走していたところ、同図面に表示のとおり、その右斜め上方から同じくスキーにより滑走してきた被告が原告の正面に衝突して、原告を横転せしめ、原告に対し右足内側々副靱帯損傷、右膝関節内血腫の傷害を与えた(以下「本件事故」という。)

2 責任

被告は、スキー場のゲレンデにおいて、他のスキーヤーに衝突するなどして傷害を与えることのないように滑走すべき注意義務があるのにこれを怠り、原告に衝突した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により原告に対し後記損害を賠償すべき責任がある。

3 損害

(一) 原告は、本件事故により前記1の傷害を受けたため、昭和五九年一月四日から同月二五日まで二二日間入院加療し、同年二月一日から同年六月三〇日まで五か月間通院して治療を受けた(実通院日数二六日)。

(二) 右受傷による原告の損害額は次のとおりである。

(1) 治療費 六万五五三四円

入院分五万五二三〇円、通院分一万三〇四円。

(2) 通院交通費 三万三八〇〇円

タクシー代、片道一一〇〇円、往復一一回、合計二万四二〇〇円。バス代、片道三二〇円、往復一五回、合計九六〇〇円。

(3) 休業損害 七八万四六〇二円

原告は、家政婦として入院患者らの付添をし一か月平均一三万七六七円の収入を得ていたものであるが、本件受傷による治療のため昭和五九年一月から同年六月までの六か月間右収入を得ることができなかつた。したがつて原告はその間合計七八万四六〇二円の損害を被つた。

(4) 慰藉料 六〇万円

原告の本件受傷による慰藉料は、入院期間等を考慮するならば六〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用 二九万円

原告は、本件訴訟(本訴)の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その着手金及び成功報酬として合計二九万円を支払うことを約した。

よつて、原告は被告に対し右損害金合計一七七万三九三六円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五九年一月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 本訴請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実のうち、原告主張の日時、場所において、原告と被告がスキーで滑走中衝突したことは認めるが、その態様は否認し、原告の受傷内容は知らない。

被告は別紙図面(二)記載の①のとおりスキーで滑走していたところ、突然被告の進行方向左手山側から同図③のとおり氏名不詳の女性が滑走して来、被告の進路に進入してきたため、被告と同女が同図C点付近で衝突し、その反動で被告の体が谷側に傾いたところへ、原告が被告の右側やや後方からゲレンデを横切つて滑走してきたため、同図D点において原告と被告が衝突したものである。

別紙 図面(一)(原告の主張)

別紙 図面(二)(被告の主張)

2 請求原因2は争う。

前記1で主張したとおり、本件事故は、氏名不詳の女性の滑走方法とともに、被告のやや後方を進行していた原告が被告との安全な間隔を取らず、ゲレンデを不用意に横切つて滑走したことにより発生したものであり、被告においては、原告との衝突を予見することもそれを回避することも不可能であつた。したがつて被告には本件事故の発生について過失はない。

なお、本件のようなスポーツ中に生じた傷害等の事故については、そのスポーツの性質、ルールに照らし許容される、ないしは通常予測される程度の行動によるものである限り、更には故意又は重大な過失に基づく行為によるものでない限り、スポーツ参加者は発生する危険を予め受忍しているものとして、その違法性は阻却されるべきものである。

3 請求原因3の事実は知らない。

三 反訴請求原因

1 本件事故の発生

本訴請求原因1の記載の日時、場所において、スキー滑走中原、被告が衝突したものであり、その態様は本訴請求原因に対する認否1記載のとおりである。右衝突により被告は頭部、頸部挫傷を被つた。

2 責任

本件事故発生の原因は、本訴請求原因に対する認否2記載のとおり、原告が安全に留意せず不用意にゲレンデを横切つて滑走した過失によるものであるから、原告は被告に対し民法七〇九条により本件事故に基づく被告の後記損害を賠償すべき責任がある。

3 損害

(一) 被告は、本件事故により前記1の傷害を受けたため、昭和五九年三月一三日から同年四月三日まで二一日間通院して治療を受けた(実通院日数一二日)。

(二) 右受傷による被告の損害額は次のとおりである。

(1) 治療費 二八五〇円

(2) 慰藉料 三〇万円

被告(苫小牧市役所職員)の本件受傷による慰藉料としては、通院期間中の仕事のやりくりの苦痛をも考慮するならば、三〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用 三〇万円

被告は、本件訴訟(反訴)の提起、追行を被告訴訟代理人に委任し、その着手金及び成功報酬として合計三〇万円を支払うことを約した。

よつて、被告は原告に対し右損害金合計六〇万二八五〇円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五九年一月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四 反訴請求原因に対する認否

1 請求原因1事実のうち、被告主張の日時、場所において、原告と被告がスキーで滑走中衝突したことは認め、その余は否認する。

2 請求原因2は争う。

3 請求原因3の事実は否認する。

第三 証拠〈省略〉

〔理   由〕

第一 本訴請求について

一 請求原因1の事実のうち、原告主張の日時、場所において原告と被告がともにスキーで滑走中衝突したことは当事者間に争いがなく、また〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1 本件事故現場は、札幌市南区内にある「真駒内スキー場」内の斜面中腹に設けられた「第一ロマンスリフト」降り場付近から同リフトの北側に沿い、「ファミリーコース」「パラダイスコース」に通じる連絡コース内であつて、コース下方(谷側)に向かつての傾斜は十数度程度で、初級者でも滑走可能な斜面とされている。また同所付近は谷側に向かつて左右側(特に右側(リフト側))が高くなり、すり鉢状となつて下方に傾斜しているが、コースの幅は数十メートル程度保たれている。なお本件事故当時においては、右コース内は空いている状態ではなかつたが、自由に滑走することが可能な状況であつた。

2 被告は、同リフト降り場付近より更に上方の山頂付近から、途中何度か停止しながら同リフト降り場付近まで滑走して来、更に同所付近を通過して本件事故現場付近に至り、斜面の右方向に向け斜めに滑走する状態から左に回転したところ、被告の進行方向左側から被告側(右側)へ向かつて斜めに滑走してきた女性がいた(被告には同女が突然現われたものと感じられた。)ため、同女と被告の左肩同士がぶつかつた。そのため被告の体が谷側へ傾き、スキー操作の自由を失つて進行したところへ、たまたま原告が被告のやや下方を被告と同一方向に向かつて滑走していたため、被告が原告の後方から、被告の左足が原告の両足の間に入る形で衝突し(なおその際被告の左膝と原告の右膝とがぶつかつた。)、原告は右後方に、被告は右前方に転倒し、原告は右内側々副靱帯損傷、右膝関節内血腫の傷害を受け、なお被告も頭部、頸部挫傷の傷害を負うに至つた。

以上の事実が認められる。なお原告本人は、谷側に向かつて左側から右方向へ向け斜め前方に滑走中に被告と正面から衝突した旨を述べるが、他方、原告は衝突時の状況について必ずしも十分に記憶していない趣旨をも述べていること、前記認定に沿う被告本人の供述内容が具体的であること、原告の転倒方向が同人の右側斜め後方であつたこと等に照らすならば、原告本人の右供述部分は容易には採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二 そこで右衝突事故の責任について検討するに、一般に、ゲレンデ内をスキーで滑走する場合、他のスキー滑走者等と衝突することのないよう前方、左右側方等に注意を払い、自己の技術に応じて適切なスキー操作を行うべき義務があることは当然である。しかしながら、結果的に衝突事故がおきたことのみをもつて当然に衝突者側に何らかの過失があるものとまで推認することはできず、衝突者側の責任を問うためには衝突の結果をもたらした具体的な注意義務違反の事実を明らかにすることを要するものというべきである。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、本件事故は被告がゲレンデ内を滑走中他の女性と衝突したことにより派生したものと認められるものであるため、まず、被告が右女性と衝突したことについての過失の有無の点から検討するに、本件においては、その全証拠によつても同女の滑走速度、滑走状況等の事実が明らかではなく、したがつて被告と同女の衝突状況についても前記認定の事実以上に明確にはなし難いところである。そのため、同女との衝突について被告に注意義務違反があつたか、またそれがいかなる内容のものであつたかについてはこれを具体的に認定するまでには至らないものといわざるをえない。

また、右のような女性との衝突に関する注意義務違反の点とは別に、本件事故の発生を回避するための被告の原告に対する直接の注意義務違反の有無の点をみても、前記認定のような本件事故前後の状況等に鑑みるならば、右を具体的に認定するまでの事情もまた見当らないものといわざるをえない。

そうであれば、本件事故の発生について被告に過失があつたとまではみなし難いものというべきであり、原告の被告に対する本訴請求はその点において失当であるといわざるをえない。

第二 反訴請求について

一 請求原因1の事実のうち、被告主張の日時、場所において原告と被告がスキーで滑走中衝突したことは当事者間に争いがなく、その余については前記第一、一で認定したとおりである。

二 次に、請求原因2について判断するに、一般に、スキーによりゲレンデを横切るように滑走することが常に許されないものではなく、また本件において、右認定に係る原告の滑走方法が、被告の滑走状況からみても格別適切さを欠いていたものと認めるべき事情も見当たらないところである。

したがつて、被告の原告に対する反訴請求も失当というべきである。

第三 結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官持本健司)

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